2011.07.26

まちを巡り、人びとの暮らしに近づく。 地域の魅力を照らす、フィールドワークという方法と態度。

SFCの革命者

まちを巡り、人びとの暮らしに近づく。 地域の魅力を照らす、フィールドワークという方法と態度。


加藤 文俊
環境情報学部教授

まちに教えてもらいたい。関与することの大切さを考えながら、人びとの強さと優しさに触れるフィールドワーク。「場のチカラプロジェクト」を展開する加藤文俊教授に話を聞いた。


教室からまちへ


SFCの革命者・加藤文俊学部のころは、「経済地理学」を学ぶ研究会に所属していました。地域における経済活動や立地問題などが主たるテーマでしたが、そのうち、人びとの日常生活そのものにも興味を持つようになりました。そこで、コミュニケーション論を学ぶためアメリカへ留学。人と人とのコミュニケーションやファシリテーションなどについて学びました。その後、慶應義塾大学SFCの教壇に立つことになり、当初は教室の中でのコミュニケーションや学習環境のあり方について着目していました。しかし、次第にその対象はキャンパスの枠を超えて、まちや地域コミュニティへと広がり、2003年から「場のチカラプロジェクト」をスタートさせました。このプロジェクトでは、コミュニケーション論の観点から「場」というコンセプトについて考えています。地域コミュニティのなかで、創造性に富み、活気のある「グッド・プレイス(good place)」はどのように生まれ、育まれてゆくのか。五感を駆使してまちをじっくりと眺め、気になった〈モノ・コト〉をていねいに採集することを大切にします。それは、つまるところ、人との関係性を理解することであり、自分自身と向き合うことでもあります。こうした人びとの暮らしや生活を理解するための「しかた」(調査・学習・表現に関わるさまざまな考え方・道具・実践)をデザインし、実際にフィールドに出かけて、その有用性を試すこと、意味づけをおこなうことが、中心的な活動です。


「場のチカラ プロジェクト」にできること


SFC革命者・加藤 文俊「場のチカラ プロジェクト」は、まちづくりや地域活性化のプロジェクトだと思われがちですが、簡単にそう言い切ることはできません。地域活性化というと、経済活動を活発にするような仕組みづくりをイメージすると思いますが、それが容易ではないということは、誰もが気づいているでしょう。私たちは、コミュニケーション論の観点からアプローチして、まずは自分の足で歩き、人びとの暮らしに近づくことからはじめたいと考えています。近年、まちや地域では「あたりまえ」のものが、「よそ者」の目線から見ると大変魅力的に映り、隠れた有形・無形の価値の再発見につながりうることが指摘されています。たしかに、学生たちとともに初めての地域を訪れると、いろいろな〈モノ・コト〉が新鮮でおもしろく感じられます。私たちにできることは、いきなり活性化について語ることではなく、まずは、地域に暮らす人びととの関わりを通して、その場所で営まれている日常生活のちょっとした魅力に光を当てていくことだと思っています。「よそ者」としての領分を正しく理解しながら、まちや地域を考えることが重要です。


ポスターをつくる

SFC革命者・加藤 文俊このプロジェクトでは、「リサーチ・キャラバン」と称して、ここ5年ほど学生たちとともに、北海道から沖縄まで全国各地を訪ねてきました。私たちが最初に試みたアプローチは、地域に暮らす人びとにインタビューしたり、魅力的に感じた場所の写真を撮ったりして、その成果となる報告書を作成することでした。この一連の活動は、「調査される」立場について、あらためて考える機会になりました。私たちが、気づかぬうちに、不義理な行動をとっていることはないか。たとえば、撮影した写真を取材先に後で送ると約束しながら、いつの間にか時間が経ってしてしまうことはしばしばあります。あるいは、完成させた報告書を送付しても、じつは報告書の文章や形式は、やや堅苦しくて、読み手(とくに調査されたまちの人びと)にとって、あまり面白いものとはいえないのも事実でしょう。そこで、単純なことながら、取材して得たものを、滞在中に形にしてしまうやり方を試してみました。つまり、「宿題を残さない」ということです。ポストカードやビデオ映像など、いろいろなやり方で「宿題を残さない」活動を試してきて、手応えを感じているのがポスターをつくるというプロジェクトです。訪れたまちで働く人びとの姿を取材し、写真を撮って、キャッチコピーや文章とともに編集してポスターを制作するのです。

SFCの革命者・加藤文俊通常は一泊二日のスケジュールで、まちを訪ねます。初日に取材をして、宿泊先に戻ってからポスターを制作。翌日、できあがったポスターを印刷して展示し、まちの人びとに見に来てもらいます。初めて訪れたまちで、初めて会った人にインタビューしてポスターを作り、それを翌日見てもらうわけです。すると、ポスターを見て「俺はこんなこと言ってないよ」とか、「もっといい写真を使ってよ」などとダメ出しをされることもあれば、もちろん、とても喜んでいただくこともあります。このように、ポスターを作成した学生とまちの人びとが、一緒に一つのポスターを眺めながら、あらためて話をする。反応が、その場でダイレクトに返ってくることがこの活動のおもしろさです。印象的だったのが2009年の冬、岩手県の釜石市でのことでした。年配の男性を取材した学生が、撮影した写真を見ながら、「孫の話をしているとき」、「奥さんの話をしているとき」、「仕事の話をしているとき」で表情が微妙に違うことに気づきました。そこで、この表情の変化に着目したポスターを作ったのですが、翌日この男性がそれを見て涙を流して喜んでくれたのです。ポスターを作った学生たちはもちろんのこと、会場でその光景を見た多くのメンバーも、思わず泣きそうになりました。あのときの感動は、とても印象ぶかいものになりました


「墨東大学」の試み

SFC革命者・加藤 文俊一泊二日よりも長い期間で活動するとどうなるのか。いつもは、いささか慌ただしいので、もう少しじっくりと活動すれば、より深くまちと関わりながらおもしろいことができるのではないかと考えるようになりました。その一つとして、2010年10月?2011年3月まで、東京都墨田区の墨東エリア(隅田川と荒川、そして東京スカイツリーのすぐ横を流れる北十間川によって囲まれた、墨田区の北半分を占める地域)で「墨東大学」を開校しました。学校教育法に定められた正規の大学ではなく、拠点となる「京島校舎」は商店街に借りた空き店舗のスペースですが、学生証や単位制度、卒業証書、墨大グッズなど、大学らしさを演出しながらデザインし、まち全体をキャンパスに見立てるというアプローチを試みました。開講科目や活動の内容はさまざまですが、できるかぎり地域に暮らす人びととのコミュニケーションを促すようなものを揃えるようにしました。たとえば、まちで拾った素材を編み込むことをテーマに、編み物の講座が開かれました。商店街のなかにある「京島校舎」で編み物をしていると、通りがかりの人たちが声をかけてくれて、編み方を教えてもらう場面もあって、とても盛り上がりました。地域のなかでの学びの「場」を設計・演出することも、おもしろい試みだなと感じています。


観察者であるより関与者であれ


SFC革命者・加藤 文俊私たちの活動について話をしていると、「ポスターを作ることにどのような意味があるのですか?何の役に立つのですか?」と疑問を抱く人も少なくないようです。たしかに、一連の活動が、すぐさま何かの役に立つのかと問われれば、上手いこたえが思いつきません。ただ、確実に言えるのは、私たちの日常生活は、いくつもの個別具体的な物語(ストーリー)が、幾重にも編まれてできあがっているということです。このプロジェクトでは、たんなる個別的な事例紹介ではなく、〈ふつうの人〉の暮らしに接近し、一人ひとりが持つ生きる力に光を当て、人びとが集う「場」の魅力を引き出すことを目指しているのです。また、知らないまちで知らない人にインタビューするということは、慣れない学生たちにとっては大変なことです。現場でのさまざまな直接体験によって得られることは多く、コミュニケーションをつうじて実行力を磨いてほしいと考えています。その意味で、私たちは、観察者の立場をとることよりも、関与者であるべきだと思っています。じぶんが直接関わることを避けていては、〈モノ・コト〉の本質は見えてこないですから。


加藤 文俊(カトウ フミトシ)

KATO, Fumitoshi

1985年、慶應義塾大学経済学部卒業。1988年、同大学院経済学研究科修士課程修了。1991年、ペンシルヴァニア大学アンネンバーグコミュニケーション研究所修士課程修了、1993年、ラトガース大学大学院コミュニケーション研究科博士課程修了(Ph.D.)。慶應義塾大学環境情報学部助手、龍谷大学国際文化学部助教授などを経て、2001年、慶應義塾大学環境情報学部助教授、2010年より現職。専門分野はコミュニケーション論、メディア論、定性的調査法。主な著作:『ゲーミングシミュレーション』(共著)日科技連、『キャンプ論:あたらしいフィールドワーク』慶應義塾大学出版会ほか。

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(掲載日:2011/07/26)

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