SFCの革命者
何ものにもとらわれない学びが、世界を一つに繋げていく。
奥田 敦
総合政策学部教授
「小さな自分」ではなく「大きな我々」になれ、と強く説く奥田敦教授。自身がイスラームの世界に魅せられた経緯や、アラブと日本の交流の架け橋となる活動の意義、そこから見えてくる世界のあり方について話を聞いた。
イスラームとの出会い
元々、宗教としてのイスラームに強い関心があったわけではありません。大学法学部時代に世界をいくつかの法体系で分類していく研究に関心があったので、その研究の一環としてイスラーム法の講義を取りました。それが私とイスラームとの出会いでした。12世紀にヨーロッパでルネサンスが興り様々な分野でアラブ文化の受容が起きたのですが、その時代のことを学んでいくと法文化だけが語られていない事に気付きました。これはおかしいと思い、ヨーロッパの法典編纂におけるアラブやイスラームからの影響に焦点を当てて研究を始めました。当時まだ日本には無かった法典が必要になりフランクフルト、シチリアを経て南スペインのムルシアまで探しにも行きました。現地では国際学会にも参加させて貰えてとてもよい経験ができましたし、中世スペインにおけるムスリムとキリスト教徒の精神史を明らかにしたスペイン語の文献にも出合い、帰国後は、手に入れた法典をもとに論文を仕上げると同時にスペイン語の翻訳に力を注いでいました。
何ものからも自由になる
ところで、中世スペインの研究にはすでに多くの蓄積がありますが、日本ではイスラーム法の基礎的な研究すら行われていないのが現実でした。当時の指導教授からの勧めもあって、イスラーム法とスペイン法の比較研究からは一旦離れ、他の法学にはない魅力を確信しはじめていたイスラーム法の研究に本格的に着手することにしたのが、29歳のときでした。その後33歳のときにシリアに渡り、6年間現地でイスラームを知識の面からだけではなく直接体感して学びました。イスラームではアッラーを唯一の神として信仰し、全ての法の根拠であるクルアーンの教えに従います。こう聞くと色々と束縛されるように聞こえるかもしれませんが、実はものすごく自由なのです。アッラーのみを信仰するということは逆にそれ以外のもの、例えば人種・国籍・組織など何ものにもとらわれない。「私は何ものの言いなりにもなりません。何ものにも囚われずに自由に生きていきます。アッラー以外からは。」という生き方。イスラームの生き方ってすごくかっこいいと思います。だからこそイスラームは人種を越え、国籍を越え、時代を越え広がり続けているのです。
フラットなイスラームとSFC
シリアにいるときに、SFCでアラビヤ語を教えないかという話をいただきました。私はアラビヤ語というよりむしろイスラーム法を研究し伝えていきたいと思っていたので、すごく悩みました。しかしよく聞いてみるとどうやらSFCの外国語教育は言語のみを教えるという話ではない。大学院まであり、深く掘り下げた研究もできる環境だというし、折角の機会なのでそれを活かしてみようと日本に帰ってきました。来てみてわかったのですが、日本の大学に見られがちな学部や研究室ごとの壁がなく、SFCは本当に自由なのです。このことはイスラームの考えがフラットだということと、とても良く似ています。何ものにもとらわれていないイスラームを研究するには、何ものにもとらわれていない自由な思考や研究環境が必要なのです。学問横断的に問題発見解決を志向するSFCは、したがってイスラーム研究にはこれ以上はない場だといえますね。研究会には、実に様々な関心を持った学生たちが集まります。映像制作や教材開発が、あるいは交流活動がイスラーム学の研究と同時に進行するのです。他の研究室との共同研究も盛んに行っています。データベースの意味空間研究の清木康研究室と一緒に進めているクルアーンのデータベースの研究は、今後の展開が本当に楽しみです。
ASP/アラブ人学生歓迎プログラム
教育と実践をリンクさせた活動も行っています。「アハラン・ワ・サハラン・プログラム(ASP)」というアラブ人学生歓迎プログラムです。アラブと日本の文化学術交流を目的にこれまで8回にわたりアラブ諸国から学生を日本に招き、双方の学生がともに言語学習や文化体験をしたり、寸劇を制作して日常的な会話の実例から言語を学ぶためのビデオを撮影したりしてきました。活動の発端は2002年にSFCの学生たちと訪れたシリアのアレッポ大学での語学研修でした。その時に現地の学生たちにとても親身にサポートをしていただいたんです。するとダマスカス空港へ向かう帰りのバスの中で学生たちが「何かお返しがしたい」と言いだしました。「自分たちがやってもらったことと同じことをやってあげたい。」「お金は自分たちで集めます。」ってね。それを聞いたら何とかしようって気になりますよね。

それをきっかけにして始まったこの活動は毎年続いていて、2009年度まででのべ36名のアラブ人を招聘し、2009年度のこのプログラムには、40名を超えるSFC生が参加しました。私は「光より速い世界を見ろ」と言い続けています。人種や国籍はもちろん時間をも越え、人は現世だけでなく来世も含めてみな繋がっているという、その繋がりを前提に生きる。それを実践しているのが、共に学び共に創ることができるこの活動だと言えます。活動は着実に実を結んでいます。日本で交流したことによって、他の国や社会や人を憎むだけでは何も生まれないと気付いたというアラブ人の学生がいました。同じように大学で学ぶ仲間が国を越えて存在し、一緒に何か出来ると気付いたんです。自分が変わり、相手も変わる。それが広がって世界は平和になっていく。それができるのは外交ではなく、国益や私益にとらわれないアカデミックの世界だと確信しています。だからこそ、この活動は今後もずっと続けていかなければならないと思っています。
「小さな自分」から「大きな我々」へ
今後、アラブと日本の関係でこうあったらいいなと思うのは「大きな我々」ということ。今は人種や国籍などで「私たちと、彼ら」という風にそれぞれ「小さな我々」に分かれています。それを「私たちと彼らは、どうやったら一つの我々になれるか」考えようと。大事なのは小さな自分から抜けて、自分自身が変わること。お互いが変わることによって大きな我々になっていく。それができるとアラブと日本とか小さな話ではなく全世界が繋がっていきます。そのためには3つのことをしないといけません。まず、何ものにもとらわれない大きな知識を得てきちんと物事を理解すること。次に、得た知識に基づいて自らが行動していくこと。最後に、学んだことを皆に伝えていくこと。実際には、試行錯誤の連続ですが、私自身の学びと実践を怠ることなく、学生たちとともに「大きな我々」のつながりを追究し続けていきたいと考えています。
奥田 敦(オクダ アツシ)
OKUDA, Atsushi
中央大学法学部法律学科卒業、同大学大学院法学研究科博士課程規定年限経過後退学。法学博士。国際大学助手、中東研究所専任研究員、シリア国立アレッポ大学アラブ伝統科学研究所客員研究員、同大学学術交流日本センター主幹を経て1999年、慶應義塾大学総合政策学部助教授に就任。2005年から現職。専門はイスラーム法およびその関連諸領域、アラビヤ語。主な著書:『イスラームの人権-法における神と人』慶應義塾大学出版会。主な翻訳:『イジュティハードの門は閉じたのか-イスラーム法の歴史と理論』(ワーイル・ハッラーク著、慶應義塾大学出版会)
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(掲載日:2010/01/08)
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